重要伝統的建造物群保存地区(以下、重伝建)である奈良井宿では、蛇行した通りに町家が次々と顔を覗かせ、川や山の風景が重なる。有機的な町並みは見事に保存されているが、全体の1/3が空き家と聞く。この地へ移住するために建主が購入した町家の改修を手掛けることになった。
重伝建の補助金は外観に限定されており、内部改修についての指針は見当たらない。参考に聞いた近所の有名な中村家住宅は、完璧に保存公開されている手本としてのサラブレッドの町家だが、今回は資料館をつくるのではない。真冬の現場を訪れると人が最近まで暮らしていたことが信じられないくらい寒く、近所のカフェや旅館も断熱がない。保存という考え方が、外観や意匠の固定に偏ってきた結果、暖かい季節にしか人が訪れない観光地としての姿が定着してしまった、この集落の問題が見えてきた。
ここでは住居としての町家との付き合い方を示すことが実践的な保存になると考えた。手数を最小限にし、外観や開放性を維持した外側と、断熱性の高い内側をつくり、それぞれナツノマ、フユノマと名付けた。季節に応じて建主が生活範囲を調整する。最も奥となるフユノマは天井懐いっぱいの金色の光井戸をもち、断熱層を光が貫通する空間となった。また隣家とつかずはなれずのヒヤ(隙間)に壁床を設え、そこに建主が裏庭の花を生ける。通り庭を復活し、数千冊の本棚を設えた。夏祭りで開放されるナツノマは通りを彩るようにカーペットやヨシズの天井にした。
今回の気付きは、逆光の空間の面白さである。光天井を持つ開放的な空間と、光井戸を持つ開口を絞った空間を併置した。
結果として逆光のような様々な光の効果が認識された。逆光の空間では部屋の入り隅が影に消える。そしてスポットライトにような光がゆっくりと動く。
部材や配線、埃などは影のかなたに消えるので余計なことが気にならなくなる。蛍光灯の下では居場所がなかった漆のチャブ台や襖が仄かな光の観測装置となり蘇った。もともとこのような陰翳礼讃とも言うべき在り方は奥行きの深い町屋型建築にはあるが、今回は断熱補強も重なることで、効果はさらに強まったように感じる。
「考え事をするのに適した崇高な天窓を」という施主の最初の一言から始まったこのプロジェクト。
この空間で横になり考え事をすると、悠久の歴史的時間と通じるような気さえしてくるし、そのまま吸い込まれて、うたた寝してしまう。
町家に住むリアリティを示すためには、その骨格に現代の暮らしの条件をハイブリッドさせ、伝統と生活のずれを意匠に昇華させていくほかない。今回はそのずれが逆光の空間を生んだ。そして重伝建における建築家の役割は、たとえひとつの町家の最小限の改修だとしても、集落全体の行く末の舵を切ることだ。
所在地:長野県塩尻市奈良井
用途:住宅/改装
規模:木造2階建
延床面積:105.03㎡
設計:山道拓人、千葉元生、西川日満里、川田実可子/ツバメアーキテクツ
協力:照明シミュレーション:和田遼平(パナソニックライフソリューションズ社)
施工:野田建設
施主:個人
竣工:2018
写真:中村絵
掲載:新建築住宅特集2019年2月号