横浜の住宅

暮らしを仮固定する小さな居場所の連なり

敷地のある十日市場は、江戸時代、十の日に市を開いていたことが地名の由来とされる。高度経済成長期に丘陵地を切り開いて宅地開発され、丘の上に高層団地が建ち並ぶ、スプロールの風景が広がった。この住宅の敷地は、宅地開発されたエリアを抜けた丘の際、谷戸と呼ばれる谷状の地形との境界に位置する。谷戸底へ繋がる傾斜に公園が広がる敷地南側は、里山の風景を臨み、眺望がよい。ここに夫婦、祖母、子供3人が暮らすのだが、6人には窮屈なサイズで、形状も地形に削られ変形している。加えて、夫は都内で働く生地貼り職人で、個人で仕事を受けるためのアトリエも求めていた。アトリエを街に開き、働く風景を住宅街に生み出すことも検討したが、家族の場所を優先させること、街に近い場所は将来祖母の部屋とすることなどから、現時点では見送りになった。こうした敷地条件と要望のアンバランスさ、暮らし方の変化に対応できる住宅のあり方を考えた。

敷地形状に沿って雁行した建物を北側に寄せて配置し、南側にできた空地に、公園側からの階段を引き込むようにテラスをつくる。プラン中央には階段と水回りを設け、テラスも含めた回遊性のあるプランニングとし、立体的にさまざまなプロポーションの場所をつくる。窓はこうしてできた場所を特徴づけることを意識して、南側に大きく開くことを基本としながら、街との繋がりも感じられるよう全方位に異なるサイズで設ける。さらに、下地のままで残した壁や建具を用意し、夫が暮らしながら生地を貼り、生活に合わせ仕上げを選べるようにした。

全体は壁による分節が少なく、ズルズルと繋がっていく構成で、明確に使い方を固定することを避けている。代わりに窓やその先の風景、天高の変化、布による仕上げなどによって、特徴の異なる小さな居場所を散りばめた。建物ができてから訪れると、子供たちが自分のスペースを発見的に見出して、使いこなしている。時間が経てば街も暮らしも変化する。であれば、竣工は暮らしを暫定的に定着させるきっかけにすぎない。小さな居場所の連なりが、そのときどきで暮らしを仮固定するための拠りどころになればよい。

所在地:神奈川県横浜市
用途:住宅/新築
規模:木造+RC造 地下1階 地上2階
延床面積:91.21㎡
設計:千葉元生、山道拓人、西川日満里、櫻田康太/ツバメアーキテクツ
構造:オーノJAPAN
外構:en景観設計
施工:山菱工務店
竣工:2021.7
写真:中村絵
掲載:新建築住宅特集2022年11月号