room&house

都市を愛でる、小さな「部屋」と「家」

都心の密集地に建つ、設計者の自邸である。10坪の敷地は周囲が建て込んだ暗い印象で、前面道路は絶えず人が行き交う。少し歩くと、欅並木や寺社の豊かな自然が残り、路地や商店が線路沿いに重層的に展開する。この住宅は、まちへ開いた1階の「部屋」と多様な居場所と奥行きをもつ「家」のふたつの構成により、暮らしと空間、両方向への広がりを目指している。

都市に住むと、生活に必要な様々な機能を徒歩圏内にもつことができ、最低限の所有で、生活が成り立つ実感がある。浴室は狭くても時々サウナ付き銭湯に行く、子供の絵本は区立図書館で借りる、広いダイニングはないけれど来客時は歩いて5分の食堂へ。衣料品は、ストレージサービスを利用し最低限のものを日々交換しつつ所有する。生活の一部を外部にアウトソース化することで、生まれた余剰のスペースを「部屋」と呼び、1階の通り沿いに配置した。「部屋」は積極的かつ自律的に街の活動に参加する場所であり、貸室として生活を経済的にサポートする役割をもつ。かつて学生宿や食堂が立ち並んでいた通りは、多くが専用住宅に建て替わり、防犯面から1階を閉じている。しかし、実際には1階を店舗化し通りを開いていく方が、街としての安全性も活気も増すはずだ。周辺に昔から残る店舗併用住宅の建ち方に倣い、正面ファサードにはショーウィンドウのような開口を設けた。路地との境界には掃き出し窓があり、開け放つと「部屋」と道が連続するオープンな構えとなる。ここでの活動が新たな風景として馴染み、人びとに親しまれる拠点となることを期待している。

1階に配置した「部屋」に対し、地上からもち上げられた「家」は、家族の集う場として、明るく広がりのある空間を目指した。小さな平面を耐力壁と共にさらに分割し、床のひとつを隣家の軒先までもち上げ、光を取り込む庭とした。庭を中心に各室の開口部、床、壁をずらしつつ配置し、ワンルームの中にさまざまな距離感をつくる。仄暗い玄関を抜けると、緑と街の景色が飛び込むリビングが現れ、庭と地続きのサンルーム、空が抜ける寝室など、周辺環境と立体的に繋がりながら、多様な居場所が垂直方向に展開する。

住宅の内外で複数の居場所の選択肢をもつことが、都市に小さく住まう豊かさに繋がる。街全体を暮らしの一部と感じることで、街中での消費が自然と増えたり、近所の庭に花や木が植えてあると嬉しくなったり、都市を愛でる感覚が生まれてくる。都市に住まうこと、周囲との関係をつくることを思考し、育て続ける拠点としての住宅である。

所在地:東京都杉並区
用途:住宅/新築
規模:木造3階建
延床面積:72㎡
設計:西川日満里、山道拓人、千葉元生/ツバメアーキテクツ+坂爪佑丞
構造:江尻建築構造設計事務所
外構:en景観設計
施工:広橋工務店
竣工:2019.6
写真:高野ユリカ(1〜14枚目)
中村絵(15枚目以降)
掲載:住宅特集2019年12月号